お侍様 小劇場
 〜枝番

   “本日はお日柄も良く” (お侍 番外編 122)



メイクやモードといったファッション部門と同様に、
その折々の世相やブームを反映したりした、
いわゆる“流行”というものも、あったりするのかもしれないが。
日本のそれが根強くイメージするのは、やはり“純白”ではなかろうか。
隠し事なぞありませんとした上での、
潔い始まりの白だとか、何にも染まらぬ無垢だとか…。

 “………。”

先行の組がガーデンチャペルから飛ばしたそれだろか、
元気そうな鳩たちの羽ばたきの音が、ぱたぱたた…と軽やかに届いて。
そんな窓辺に立っていた彼は、だが、
不意なことへと驚いたというよりも、
微笑ましいことが降りそそいだというよな表情になると、
すべらかな頬や口許をやわらかくほころばせただけ。
そんな風にいかにも落ち着いた様子で、
まだまだ瑞々しい緑の勝る庭園へとお顔を向けていた彼だったが、
こちらの視線に気づいてだろうに、
その名を呼ばれたかのような気安さで 室内の方へと振り返り。

 「思っていたより緊張しちゃいますね。」

照れたように、恥ずかしそうに、
視線を揺らしつつも口許が甘くほころんで。
余程のこと、手持ち無沙汰なのだろか、
傍らにあったそれ、
優美な曲線に象られた肘掛け椅子の背もたれへと手を置いたけれど。
その手の間際には純白の手套が二つ折りに乗せられてあって、
椅子と対のデザインのものだろう小さめの卓には、
プラチナのカフスボタンが入れてあったビロウド張りのケース。
すらりとした長身へとまとったは、いつになく畏まった衣装で。
仄かに光沢のあるライトグレーの生地で仕立てられたロングタキシードは、
日頃もその所作のなめらかさで着痩せして見える彼が着ると、
上背がずんとしまって痩躯にさえ見える。
初婚とはいえ、もういい年ですから、
純白のタキシードってのはどうも恥ずかしくてと。
カタログの中から彼自身が選んだフォーマルだったが、
シックな濃色のタイも同じ色のチーフも、
襟元のさりげない切り返しデザインが利いているドレスシャツも、
小粋でありつつも、彼自身の端正な風貌を邪魔せず、
相乗効果を醸してそれはよく映えており。
くせのない金の髪をうなじで束ねたその上へ、
それもまた“装い”としての配慮だろう、
今日は濃青のリボンスカーフが結ばれていて。

 『こういう装いなのですから、
  髪もいっそすっきり整えてしまいましょうか。』

カタログに掲載されている男性モデルたちは、
当然というのも何だが、
立ち姿の演出の内として、爽やかながら精悍なカラーも利かせておいで。
スポーツ刈りなどのよな極端な短髪とまではいかないが、
社会人に多い、襟足すっきりという長さが大半だったので。
その方が自然かも知れませんねと口にしたその途端、

 『…っ。』

まずは自分が、つい弾かれるように立ち上がってしまったし、

 『それは儂も同意しかねるな。』

これでも随分と大きく譲っての、遠回しな言いようを選んだらしく。
穏やかな声音でそうと言いつつ、
だがだが その手が、
テーブルに開かれていた分厚いカタログ本を、
七郎次への断りもないまま さっさと閉じていたことが。
そうとは匂わせぬようにしながらも、
実のところは 穏やかならぬ胸中なの、表していたのかも知れぬ。

 ―― そこまで乗り気な我らではないのだぞ と。

そんな態度を見せた当人はといや、
今日も朝からいつも通りに会社へ向かっておいで。
単なる顔合わせだ、オフレコな社交の場だとされつつも、
新規参入組の代表者の人柄やお手並み拝見という顔見せの場であったり、
大口顧客相手の重要な接待や交渉の場でもある、
様々なレセプションだの会合だので。
即座に情報が要りような事態へも、
メール一本、時には ほんの二、三言のみにて、
きっちり対応の効く助言なり情報なりを提示出来てしまえる懐刀。
情報量もさることながら、
超高級ホテルのコンシェルジュも顔負けだろう、
それをどう切り出すかへも素早い機転や応用を必要とされる、
役員クラス専任の“黒子”役。
彼が応対するからこそ発揮される、深い洞察つきの機転は、
異文化圏からお越しの高貴な方々へも即妙洒脱と受けが良く。
それが功を奏してまとまった外交まであったというから、
そこから自然と、政財界の主管からまでお声掛けいただくほどの、
人脈豊かな商社と認められてもいるくらい。
よって、平日ではないからこそ忙しく、
急に運んだような格好の、今日のこの日のてんやわんやへも、
残念ながら優先はされぬと不在な勘兵衛であったりするワケで。

 「…どしました?」

休日だというに、
お呼ばれにも等しい外出だからとの制服姿の久蔵へ。
その襟元が気になったものか、
一番身だしなみに気をつけねばならぬお人が、
それでもついつい手を延べるのは、
習慣だからというよりも、もはや癖や習性のレベルなのかも知れず。

 「ん、これでいい。」

二枚目ですよと言いたいか、
満足そうに青玻璃の目許をたわめてにっこり微笑った七郎次のほうこそ。
頭の先からつま先まで、
誰がどこからどう見ても、
今日の良き日に華燭の典を挙げる、
うら若き新郎としか見えなんだのであった。








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  *小劇場づいてきたと思ったら、
   いきなり妙な展開ですいません。
   まま、枝番ということで…。

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